一行オアホーに至り、万次郎ただ一人メリケに渡る さて、筆之丞は思いも寄らない助命を得て、ただ夢のように考えながら巨船に近づき、これを見上げると、その長さは三十間(55m)、幅六間(7m)、帆柱は三本、ボートを八艘備え、縦横に蜘蛛の巣のようにロープを張っている。白い帆がことごとく張られており、海風に翻るのである。なんとも山を仰ぐような大きな姿である。 |
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また、一朱銀二十枚、二朱銀一枚、寛永通宝一枚、および、日本製の煙管一本を出し、これらの品を産する国であろうと手振りをするので、筆之丞は、うなずいた。 「この金は八、九年前※1大阪の人が漂流してきて、船頭は死亡し、他の人はハリリョーという人の所でアメリカ船に預け、中国から日本に帰った。その人達が残したものである。あなたたちも今日、船長により、私どもにあなた方を介抱するように伺った」 と、繰り返し繰り返し、身振り手振りで話した。 このダッタチョーヂはアメリカの人で、この地に来て医療を生業とし、妻はヲヒネ、娘キナウの他、召使いをおよそ五名使っている。 そこから役所に着いた。役人の名はツハナハワという人が来た。案件所で遭難のあらましを聞かれ、そこから五軒東で、ツハナハワの部下カウカハワという人の家で泊まった。 カウカハワの弟はチョチョと言う。(後でアトワイの長官となった)カウカハワは、温柔で、人に接するに愛情があり、この人困ったことはただ一つもなかった 筆之丞達も住まいが定まったので、ウィットフィールド船長は衣服を十枚ほど作らせ、五十セントを恵んでくれた。船上でも上着を五枚頂いた。また船長が来て筆之丞に対し、 「みんな、今のように落ち着いた上は、安心して暮らせばよい。万次郎は預かり、アメリカに連れて行き養育しようと思う。お願いだから、この子を私に預けて欲しい。私は必ずこの子を大切に扱う。」 と言う。 筆之丞が思うには、 「この異国に遠く漂白し、さらにバラバラにならなければならないことは意には沿わないが、命の恩人であるウィットフィールド船長の申し出であり、ことに、この人は愛情が篤い人である。この度の要請も、また、愛情によるところであるから、どうするかは万次郎の心得次第であり、この子が思うようにすればよい。」 と許した。船長は大いに喜んで、万次郎を連れ船に帰って行った。 |
※1尾張小野浦宝順丸. ニッポン音吉 彼らは帰郷できなかった。 |
巻の一終わり |
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