一、漂民たちが長い間外国に住んで、世界中に航海したことが数々あり、大地球を周回するに至った。実に、我ら日本人が未だかつて経験したことがないことである。その行状はおよそ、各国の風俗を考えるに足りるものが少なくない。これを聞き捨てることも惜しいので、筆に任せてその詳細を記録し、ついにこの小冊子を作った。もとより、自分の気持ちを書くことなく、ひとえに漂民の言うことを写したので、文が調わないことも誠に多い。しかし、記載されていることには少しも自分自身の想像を加えていない。
|
|
一つ、書中、ひらがなで記録した中にカタカナは、英語、あるいは漢字がない和語である。なお、文が混乱しないために、「 」のように点を用いた。
一つ、二文字一音の仮名は、二文字を合わせて一文字のようにした。中でも、チャキァァオェメのように小さい字を、文字の上下に書き加えたものは、一音であり、発音する声に、大、小、促音があると思ってほしい。そのほか、よく似た音はこれをもってあてた。
一つ、全て、英単語には漢人が音訳した文字があるが、漂民の発音に合わないものが多い。それ故、カタカナを使って、「シァンフチ」※1「ノヲスメリケ」※2などのように、何々というものは、何々と漢訳するものであると、左にカタカナのように、漢字をつけ、読者が読みやすくなるようにした。日本、 ・漢土等の類は、漢字を使ってこれを書き、左に仮名をつけ、和漢では何というのは、英語ではこのようになると知らせるのである。
一つ、書中に載せた図は、万次郎に下絵を描かせ、舶来の本を参考に校正し、これを自分が描いた。英語でヂョンマンと書いているものは、全て万次郎の原稿のままで、改正をしていない。
図1図2図3
図6図5図4
|
※1散土微私
サンドイッチ
※2北米利堅
北アメリカ
図1 高岡郡宇佐浦 伝蔵 五十歳
図2 伝蔵弟 五右衛門 二十八歳
図3 幡多郡仲濱浦 萬次郎 二十七歳
図4,図5、図6
4人と別れた後万次郎がたどった航海図 |
○緑青
辛丑正月、五人が漂流して無人島につき、アメリカの船に助けられ、その船に乗り、十月「オアフ」※3に至る航路
○臙脂
万次郎が四人と別れ、助けてくれた船長「ウィリアムHホィットフィールド」※4に従い、再び船に乗り、辛丑十二月「オアフ」を出帆し、「キングスミル※5から壬寅三月、「グァム」※6に停泊、無人島から日本海を過ぎ、八月に「オアフ」に近づいたが、逆風で入港することができなかった。十一月「エミオ」停泊。癸卯四月「南アメリカ」※7を越え、六月「北アメリカ」※8ニューベッドフォード※9に至る航路
○黄丹
伝蔵、五右衛門が帰国しようと相談し、捕鯨船に乗せてもらい、丙午十月「オアフ」を出帆し、丁未正月「グァム」に停泊、三月八丈島に近づき、上陸し、帰国しようとしたが、逆風で果たせなかった。また、蝦夷に至って、上陸することができたが、船長が許さなかったので、とうとう留まることはできなかった。北に向かい「ロシア」※10海に浮かび、十月「オアフ」に至る航路
○點花
万次郎が捕鯨船に雇われ、丙午十月「ニューベッドフォード」を出帆し、「ボストン」※11に停泊、「ウェスタン」※12「ケープパーダ」等に停泊、「アフリカ」を越え、丁未二月、「チモール」※13に停泊して、「ニューアイランド」※14に停泊、三月「グァム」に停泊、四月、「小笠原」※15「マンピゴシン」等に停泊、無人島から日本海を過ぎ、十月「オアフ」に停泊、戌申二月「ギュウキアンム」に停泊、ルションに到着し、日本海を過ぎ、十月ギュウアンに停泊、十一月「ニューアイランド」海を経て、己酉二月「シセネマン」「チモール」等に停泊、五月「アフリカを越え、六月「ニューベッドフォード」に至るまでの航路
○赭黄
万次郎、己酉十月、「ニューベッドフォード」を出帆し庚戌四月「ワペレーショ」に停泊、五月「カリフォルニア」に行き、金山に登り、八月「カリフォルニア」を出帆し、九月「オアフ」に到着。伝蔵、五右衛門と乗船、十月「オアフ」を出帆し、辛亥正月、琉球に上陸し、初めて帰国の志を遂げる航路
嘉永五年歳次壬子冬日 |
※3オアホー
※4William H.Whitfield
ウリュンヱィチフィフヘール
※5 キンシミン
※6 ギューアン
※7 ショーウスメリケ
※8 ノオスメリケ
※9ヌトベッホァダ
※10 ラシセ
※11 ボーシトン
※12 ウシュタン
※13 タイモー
※14 ヌーアイラン
※15 ボーニン
※16 キャンフォネ
原本は、表紙の色によって五巻に分けられている |
小梁處士 稿 |
|
休泊各地分図
一、図中に乗っている地名は、全て漂民の発音を用いた
一、近来、世間で呼ぶところの、オランダ語訳のものは、朱で付記した。その地を世間ではどう呼ぶかを知りやすくするためである |
|
図7図8図9
図10図11図12
図13図14図15
図16図17図18
図19図20図21 |
図7 日本全図
図8 鳥島、アメリカ人はハレケンアイランドと称するとある
図9 ハワイ諸島 |